2016年12月13日火曜日

地域を守れ!-TPP・FTAに負けない地域経済・地方自治へ-岡田知弘京都大教授

 2016年11月17日、東京・文京区の全水道会館で「TPPが地域を蝕む-地域経済・地方自治体への影響-」が開かれ、京都大学大学院経済学研究科教授の岡田知弘氏が講演しました。TPPが地域経済に与える影響と対応策がわかりやすく語られています。ぜひご一読ください。


TPP・FTAと地域経済・地方自治体への影響

京都大学大学院経済学研究科教授 岡田知弘

アメリカは米軍基地負担増をカードに日米FTAで攻めてくる

 米大統領選でトランプ氏が勝ち、TPP離脱を公約に掲げています。今日(11月17日)、安倍総理が説得に行っているということですが、そんなに簡単にひっくり返ることはないでしょう。アメリカでは、従来の民主党の地盤だったところで、労働者層が反グローバリズムということで、サンダース票も含めた形でトランプ氏に流れました。これはイギリスのEU離脱の国民投票結果と同じ現象です。イギリスでも、ブルーワーカーがEU離脱を支持し、工業都市地域で票を取りました。そうした矛盾が噴出したことが、一連の背景にあるのではないかと思います。

 安倍首相は包囲網を形成しようと、TPP批准に躍起になっていますが、アメリカが批准しない限り、発効条件は2つともクリアできません。一つは全交渉参加国が批准をすること、もう一つは6か国以上かつGDP85%を超えることです。アメリカは参加国内のGDP比率が単独で60%を超えるので、アメリカが批准しない限りTPPは成立しません。

 ただ、トランプ新大統領は米国多国籍企業の利益をさらに大きくするために、1対11か国の交渉ではカードを切り過ぎるので、1対1の交渉の方が実を取れると考えています。したがって、日本に対しては米軍基地の全額負担を求めることをカードにしながら、日米FTAを推進する線で攻めてくるのではないかと考えられます。

 日本は、すでにTPPの日米並行協議で色々な要求を呑んでしまっている可能性が大です。その上書きや訂正を迫ってくるのではないかと考えられます。ですから、仮にTPPが流れたとしても、日米FTAが待っているということです。それも、100日計画と言っているぐらいですから、時間的な余裕もないかもしれません。安倍首相が、会談でどんな口約束をしてくるのかが、一つのポイントになるかもしれません。

TPPで地域経済が発展するという言説のデタラメ

 TPPを締結すれば、地域経済が活性化するという言われ方がずいぶんされていますが、私から見れば、全くのデタラメです。今日は、地域が持続的に発展するということはどういうことなのかをおさらいしながら、TPPの問題点を明らかにしていきたいと思います。

 政府は、昨年11月25日に「総合的なTPP関連政策大綱」を発表しました。そこでの言説は、「TPPはアベノミクスの成長戦略の切り札である」「本政策大綱は、TPPの効果を真にわが国の経済再生、地方創生に直結させるために必要な政策である」「TPPの影響に関する国民の不安を払拭する政策を明らかにする」とあり、具体的な政策として出てきたのが、「農業・中小企業分野における新輸出大国」「グローバルハブ」「農政新時代」「ISDSによる応訴体制の強化」などです。

 これらの文章は、私から見れば、TPPそのものが中小企業や農家に経済的便益を与えるものではない、ということを告白したものです。まず対策をしなければダメだということです。もう一つは、最も影響が出てくる分野を明らかにしています。それは、農業であり、中小企業であり、ISDSによって訴えられてしまったら弱いという法体制にあるということです。これは中小企業政策でいえば、地方自治体の応訴体制にも関わってきます。

輸出によって一国の経済が発展するという認識の誤り

 輸出をすれば一国の経済が成長するという牢固とした考え方は全くの誤りで、アダム・スムスが『国富論』で批判した俗論です。そこに書かれているのは次のようなことです。当時、重商主義の国だったイギリスは、輸出さえすればいい、安い農産物をって貿易差額を稼げばいい、という考え方でした。しかし、輸出額と輸入額を世界経済の単位で計算したらどうなるでしょうか。これは同じ金額になります。

 つまり、輸出自体からは富は生まれません。経済的富を生み出すのは労働による生産であり、それを実現するのが分業を基にした交換です。大地に働きかけて労働の付加価値を付ける、それが農業や工業、商業が互いに取引関係を結ぶことによって、経済的富が実現されていく。それが経済発展の原理である、とアダム・スミスは言ったのです。

 さらに、アダム・スミスは、イギリスは放っておけばローマ帝国のように崩壊するだろうと警告しました。ローマ帝国は、奴隷の反乱により、食料が入らなくなり、一気に崩れていきました。むしろ国内農業へ投資を向け、農商工が互いに連携するような形で進めるべきだとスミスは強調したのです。これは日本の今の状況も写しているような指摘です。

戦後の高度経済成長は、内需中心で実現された

 高度経済成長はどうだったのかということを、経済白書で見てみます。高度経済成長は大企業を中心に重化学工業化を行い輸出で実現したという伝説がありますが、これもデタラメです。圧倒的に、内需中心で実現されたのです。1960年代後半、いざなぎ景気の頃に輸出の国民所得・総支出の押し上げ寄与度は14.3%でしたが、他方で、輸入はマイナス14%の寄与度でした。輸出や貿易はあまり寄与していません。そうではなくて、働く人の数が増え、賃金とともに個人消費が増え、物が売り買いされ、設備投資が増えていくという循環が、経済成長をもたらしたのです。

 この高度経済成長期に生産を増やし、所得を増やしたのは、勤労者や中小の個人経営、農家でした。大企業が所得を増やして経済効果をもたらしたのは、1960年代後半では東京と大阪だけです。高度経済成長を作ったのは大企業ではなかったのです。


日本経済低迷の最大の原因は、雇用者報酬の削減

 現在、日本経済が低迷している最大の原因は、輸出ができないからなのかというと、それは違います。日本では、この25年間で雇用者に対する所得分配が格段に減ってきました。雇用者報酬の推移を見ると、1995年を100とすると、2013年は日本だけが92.4%へと減っています。アメリカでは賃金の水準が下がっているといわれますが、働く人が増えていることもあり、全体では210.4%に報酬総額が増えています。それだけ市場が拡大しているということです。日本だけが、賃金が安ければいいという政策をとってきた結果です。グローバル競争に打ち勝つためだという議論になりますが、これがそもそもの間違いです。国民所得の最大部分を占める雇用者報酬が縮小するならば、地域経済も、それが複合してできた国民経済た国民経済も縮小するのは当然の結果です。

 このような事態が起きたのは、海外直接投資を盛んに行った1980年代半ば以降です。海外生産比率がどんどん上がり、2011年以降、貿易収支はマイナスに転じました。いま日本は貿易赤字国になっています。逆に投資による純利益である所得収支を見ると、これだけは右肩上がりで増えています。TPPはこれを拡大するということが目標です。そうすれば日本経済が回って、成長していくはずだという考え方です。

 高度経済成長期の日本の再生産のあり方というのは、貿易黒字を作って、翌年の食料や油や石炭を買い、原材料を買って加工し、生産物を輸出して貿易黒字を作ればいいという考え方でした。しかし、貿易黒字はもうありません。食料もエネルギーも自給率は先進国中最低の水準です。果たして、持続的に食料やエネルギーを得られるかというと、それは全く保障できない時代にあります。

東京都心部に一極集中する経済的果実

 しかも、海外売上、とくに輸出利益と、海外直接投資・間接投資の利益は、東京都心部に70%が集中し、それに名古屋と大阪が10%弱ずつで計9割が大都市に集中しています。東京では外国人持ち株比率は4割です。果たして、国内で地域に再投資して食料やエネルギーを調達できるようになるかというと、その保証はどこにもないわけです。

 東京都には、生産額比率をはるかに超える法人所得が集中しています。第3次産業の生産額比率は20%しか占めませんが、法人所得額は50%も集中しています。これは、各地域にある分工場、大型店、営業所、支店の利益が東京の本社に移転されるからです。これがこの20年間でどんどん拡大しています。再分配のための仕組みである地方交付税も削減されています。東京だけが、丸の内、品川などでビルがどんどん高くなっていくのは、海外と地方で生み出された経済的価値の移転流入が源泉なのです。この是正を図ることこそ、地域経済発展の重要な要素だということです。


東京都内でも拡大する地域格差

 といっても、東京都内がどこでも潤っているわけではありません。平均課税所得指数を全国平均100とすると、それに近いところもあれば、港区は3倍を超える350にもなります。日本でも一番所得格差が大きいのが東京都内です。ごく一部しか潤っていないということが、現に起こっているわけです。TPPはこれをさらに拡大していくという道を辿ろうとしています。

 政府のTPP政策大綱などの言説では中小企業や農家ががんばれば儲かると言っています。確かに、がんばればそういう企業や農家も少数ながら出現するかもしれませんが、農業全体や地域全体がどうなるかといえば、全く違う方向になるでしょう。TPPの期待効果では、輸出や海外進出など、出る方向しかメリットとして強調されていません。入ってくる問題については一切触れていません。政府は中小企業分野の対策として4,000社の海外展開を支援するとしていますが、国内において中小企業は350万社もあるのです。

地域経済・地域社会をつくっているのは中小企業

 地域のなかでどういう中小企業が地域経済を担っているかを調査すると、例えば京都では、京都に本社がある企業で働いている従業者は全体の8割です。とりわけ、一つの工場や商店しかない企業で働いている人は5割います。残りの2割が京都外に本社がある企業で働いていて、そのなかに一部外資系企業が含まれているという状況です。地域経済を圧倒的に担っているのは、地元に本社がある中小企業であるということが言えます。その他の地方で調べれば、もっと地元比率は高くなるでしょう。

 2010年の政府の中小企業実態基本調査を調べてみると、中小企業がどのような取引関係にあるのか、どこに販売しているのかがわかります。海外への販売は0.4%、国内・海外どちらもという企業がわずか4.2%、合わせて5%にも届きません。小規模な企業ほど、地元地域内、同一県内取引が多く、地域経済のなかで経済的価値を循環させる役割を果たしていることがわかります。

TPPで農産物の輸出が増えることよりも、輸入額とのアンバランスが拡大する

 農業についても、政府は農産物の輸出が増えたと言いますが、輸入のことは言っていません。2014年度の輸出額6,117億円に対し、輸入額は9兆2,408億円というのが現実です。国別に見ると、日本は最も輸入率が高い国となっています。TPPになれば、これがもっと広がる可能性があるわけで、政府はそうしたマクロな構造の話をあえて避けています。

 地域の中で農業や地域が衰退するとどうなるかといえば、国土の保全ができなくなります。山を管理している自治体は小規模な自治体が多いのです。政府は20万人以上の都市を対象に、地方創生の連携中枢都市圏の中心都市を指定しようとしていますが、それらは2012年時点で国土の中で1割しか占めていません。逆に10万人以下の小規模な自治体は国土の半分以上を保全しています。これらの自治体への投資を引き揚げ、より効率的な競争ができる中心都市に行政の投資を再分配すれば、水害や土砂災害などのリスクが確実に高まることを考えなければなりません。


 しかも、各地域経済の構造を見れば、多国籍企業で作られている経済はどこにもありません。圧倒的に中小企業がベースであり、これに農家、協同組合やNPOがあり、地方自治体自身も投資活動を繰り返しながら地域経済を支えている構造があります。むしろこれを生かしながら地域づくりをするという方向が大事であるからこそ、中小企業振興基本条例や公契約条例が制定されてきているのです。

TPPがもたらす地域経済・地方自治体への影響

 TPPの地域経済・地方自治体への影響は、30章のうち各分野別の物品市場、サービス市場アクセス、投資、国境を超えるサービス、金融サービスなど多岐に渡ります。ここでは、地方自治体の問題に絞りますが、それでも地域産業政策から住民福祉、第3セクターを含む国有企業、投資、政府調達、その運用、制度に関する規定、紛争処理、最終規定も絡んできます。大きな影響の柱としては、関税撤廃による影響と非関税障壁の撤廃による影響の2つに分かれます。

 政府による農業への影響試算というのは、最終農産物だけを焦点にシミュレーションしていますが、地域産業、中小企業の視点から見ると、それを加工して運び、流通させ、飲食店や旅館で提供、販売することを考えれば、第三次産業にまで波及します。例えば、京都で京野菜など地元産の農産物がとれなくなれば、かなりの影響が及びますが、そこは想定されていません。

 鈴木宣弘東京大学教授のシミュレーションから明らかなように、TPPで確実に利益が増えるのは、関税があると部品の取引のために損失を被るような金属加工、組み立て系の企業、商社、インフラ輸出など一部の企業です。それらの企業には、ISDS条項で半ば脅迫的に市場を確保できるメリットがあります。しかし、地域経済を圧倒的に担う産業にとっては、原則無関税化によって今よりマイナスの効果が確実に高まります。

 鈴木教授の試算では、農林水産物への影響が1.5兆円、産業連関効果によって3.6兆円のマイナス、雇用は76.1万人減と推計されます。さらに、米タフツ大学が国連の国際経済政策モデルを使って試算したところによると、日本もアメリカもGDP増加率はマイナスで、失業者は増加するという結果になりました。多国籍企業は市場を確保できても、国内の中小企業経営と就業者は減るということです。その結果、自由化すればするほど、貿易量は減り、雇用も減るというのが、近年の大きな傾向です。そうした背景があるからこそ、アメリカでは民主党、共和党ともに党員から「TPPは止めてしまえ」という声が高まったのです。

工事や物品、サービスの現地調達(ローカルコンテンツ要求)ができなくなる

 非関税障壁撤廃の影響はどうでしょうか。こちらは中央政府レベルだけでなく、地方自治体レベルの地域経済政策、条例、施策レベルの運用段階でも影響を及ぼすと考えられます。第9章「投資」と第15章「政府調達」が最も重要な部分です。

 投資章には、ローカルコンテンツ規制を禁止するという条文があります。和訳では「特定措置の履行要求」となっています。「いずれの締結国も、自国の領域における締結国又は非締結国の投資家の投資財産の設立、取得、拡張、経営、管理、運営又は売却又はその他の処分に関し、次の事項の要求を課してはならず、又は強制してはならず、また、当該事項を約束し、又は履行することを強制してはならない」「一定の水準又は割合の現地調達を達成すること」とあります。

 これには物品や工事、サービス、雇用も含まれます。非正規雇用ではなく常用雇用を推進するために工場立地協定を結ぶ自治体も増えていますが、これも引っかかってきます。また、「自国の領域において生産された物品を購入し、利用し、もしくは優先し、又は自国の領域内の者から物品を購入すること」をやってはいけない、ということです。

 もともと、アメリカでは現地調達のための「ローカルコンテンツ法」が昔からあり、民主党の地盤の州で広がってきました。域外企業や多国籍企業に対する反発が「バイアメリカン」運動として広がっていました。バーニー・サンダース議員などは、これができなくなるとして、TPPはダメだと訴えてきました。

 現在、日本では41道府県の210の地方自治体が、中小企業振興基本条例や地域経済振興基本条例の下で大企業の役割という規定を置いています。工場立地や大型店立地の際の自治体との協定文書があります。仮にTPPが発効した場合、これらのローカルコンテンツ規制がISDS条項の対象として国あるいは地方自治体が外国投資家によって訴えられる可能性があります。自治体ができる政策が極めて限られてくるということになります。

WTO基準から始まったとしても、エンドレスに自由化が続く

 政府調達章では、対象機関、対象金額の拡大を盛り込んでいます。今回の協定文書は、政府の定義ではWTO協定と同じく、国の諸機関に加えて都道府県の政令市に限定しています(附属書15-A)。ちなみに、アメリカの州は入っていません。附属書15-Aでは、対象基準額が地方政府、自治体の場合は物品調達で2,700万円以上、建設サービスで20億2,000万円以上、その他サービスで2,700万円以上とありますが、これはWTO協定の政府調達規定と同じです。甘利大臣は「だから安心してください」と説明しましたが、よく読んでみると、全然そんなことはありません。

 第15.4条では、「一般原則」として、「内国民待遇及び無差別待遇」が掲げられ、各締結国(その調達機関を含む)は、対象調達に関する措置について、他の締結国の物品及びサービス並びに他の締結国の供給者に対し、即時にかつ無条件で、次の物品、サービス及び供給者に与える待遇よりも不利でない待遇を与える」としました。また、締結国は、「電子的手段の利用」の機会の提供に努めるものとされています。

 第15.23条では、政府調達に関する小委員会を設けるとされています。第15.24条では、その役割として、追加的な交渉を行い、「調達機関の表の拡大」「基準額の改定」「差別的な措置を削減し、及び撤廃すること」を議題にすると明記されました。

 さらに、第15.24条2項では、「締結国は、この協定の効力発生の日の後3年以内に適用範囲の拡大を達成するため、交渉(地方政府に関する適用範囲を含む)を開始する。また、締結国は、当該交渉の開始前又は開始後においても、地方政府の調達を対象にすることついて合意することができる」とされています。

 つまり、TPPの初期設定においては、WTOと同じところから始まりますが、それで永久ではないわけです。「エンドレスの自由化」といわれますが、まさにその通りです。今後の追加交渉において、地方自治体を中心に、対象機関の拡大と適用基準の引き下げが当初から想定されていると読むべき条項ではないかと思います。

 ちなみに、TPPに先行する4か国が2006年に締結したP4協定で制定された政府調達の基準は、630万円以上の物品・サービス、6億3,000万円以上の工事については、TPP参加国の内国民待遇が求められます。この水準でいくと、日本のほぼ全ての市町村の調達行為が対象になることになります。将来的にTPPがこの水準を下回る可能性は否定できません。

地域で納めた税金が地元に還元せず、多国籍企業の餌に

 現在、日本の地方自治体では、中小企業振興基本条例や公契約条例が制定され、地元中小企業向けの発注を積極的に行うところが増えていますが、TPPが発効して対象機関が拡大されると、ISDS条項の対象になることが起こりかねません。

 第17章国有企業では、「地方政府が所有し、又は支配している国有企業等」に関わる規定も、5年以内に小委員会で追加的交渉を行うことが明記されています(附属書17C)。第3セクターや直営の施設、病院などが対象になり、政府調達と同じく、調達において無差別待遇が強制されることになります。

 横浜市は、中小企業振興基本条例を議員提案で制定しました。それに基づき、毎年議会に対して実施状況を報告しています。地元中小企業で建設工事、物品購入、サービスをどれだけ発注したかという実績を区役所別に詳細に報告しています。こうした行為ができなくなる恐れがあります。地域住民や企業が納めた税金が、地元に循環するのではなく、多国籍企業市場の餌になっていくということが起こってきます。

国民主権・国家主権・地方自治権を侵害する憲法違反の条約

 地域経済に関わる問題以上に、大きな問題が存在します。それは、国家主権の侵害であり、国民主権の侵害、地方自治や住民自治権の侵害でもあります。非関税障壁の撤廃とは、多国籍企業の経済的利益を最優先し、各国の国民生活の安全や福祉の向上、国土保全のために作られてきた独自の法制度や条例を改廃するということです。

 TPP委員会の存在も大きな問題です。TPP協定では、投資や政府調達の章だけでなく、多くの章において小委員会や作業部会を設け、時限を切りながら利害関係者も入れた追加的交渉がなされ、初期に設定された経過措置や例外を撤廃するなど、エンドレスの自由化が想定されています。その小委員会の司令塔的な役割を果たすのがTPP委員会です。

 TPP委員会は締結国政府代表者によって構成されます。つまり首脳国会議と同じで、閣僚会議級のものです。TPP委員会の権限は強大であり、協定の改正、修正の提案、協定に基づいて設置される全ての小委員会、作業部会の活動を監督すること、締約国間の貿易・投資を一層拡大するための方法を検討することなどを行うとされます。さらに、特別もしくは常設の小委員会、作業部会、その他の補助機関の設置、統合、解散、附属書の改正等を行うことができます。

 さらにその意思決定は、コンセンサス方式(全加盟国の了解)とされる一方で、第30章の親規定としてGDP85%主義が存在しており、そのどちらが優先されるのかという問題があります。第30章には、新たに持ち込まれた第2ルールのGDP85%以上、6カ国の合意があれば足りるという大国主義を持ち込んでいます。この親規定によって、協定の各章も変えられることになるのではないかと私は危惧しています。

 交渉過程に関わる情報は、現協定案において4年間は国会議員にも公開されません。追加交渉の項目が、一体、どれだけ国民や国会に公開され、その判断を仰ぐ材料が出てくるのでしょうか。場合によっては、細部に渡る細かい改訂は条約批准議案として国会に出てこない可能性が十二分にあります。それは完全に白紙委任ということになります。

 国連もWTOも、一国一票の協同組合的な民主主義の原理で回っています。TPPの意思決定ルールは初期の第1項目は協同組合主義ですが、第2項目の85%ルールは株主総会方式です。大株主が全てを決定できるというものです。このようなルールに任せていいのかという問題が、国家主権に関わる問題として存在しているのです。地方自治体で判断できる領域が狭まり、制限の方が大きくなるということは、明らかに地方自治権の侵害であり、憲法違反の条約です。絶対に批准してはなりません。

地域経済・地域社会を守るバリアづくりを

 いま、少数の多国籍企業の経済的な利益のために、大変な交渉と金銭的負担を費やし、こういうことをしていいのか、ということが問われています。米国をはじめ、各国に反対運動が広がっています。そうした運動と連携しながら、地方自治体ごとに、TPPやFTAを止めることと、発効するまでの猶予期間に、中小企業振興基本条例や公契約条例というバリアを多くの自治体に制定し、実質化していくということが必要です。そうすれば、追加交渉で簡単に枠組みを広げるということはできなくなります。

 自治体の首長や幹部の方と話をすると、地方自治に関わる条項について、国からはほとんど説明がないというのが実情です。これは許されるのでしょうか。地方自治体でも意見書や決議が出ていますが、もっとその輪を広げていく必要があります。

全国210自治体に広がった、地域経済振興のための基本条例・公契約条例

 次に、地域経済振興のための基本条例、公契約条例についてご説明しましょう。

 1999年、中小企業基本法の改訂と、農務基本法に代わる食料・農業・農村基本法が制定されました。どちらの法律にも新しい条項が加わっています。

 中小企業基本法の第6条には、「地方公共団体は、基本理念にのっとり、中小企業に関し、国との適切な役割分担を踏まえて、その地方公共団体の区域の自然的経済的社会的条件に応じた施策を策定し、及び実施する責務を有する」とされました。それまで、地方自治体の産業政策は、国の政策に準じていればいいとしていました。例えば、補助金や融資は上乗せか横出しでいいという考え方でした。ところが、地方分権一括法が制定され、「地域産業政策については地方自治体が政策を策定し、実施する責務がある」という地方分権時代に合わせた改訂がされたのです。

 これに基づき、早いところでは2000年ぐらいから、大阪府の八尾市などで中小企業振興基本条例ができ、大企業の役割規定などを盛り込んだ条例が広がっていきました。日本では1979年の墨田区の条例が最初です。東京都の区の条例としてあったのが、この法改正の後に一気に地方に広がっていったのです。

 さらに民主党政権時に中小企業憲章が閣議決定され、EUの小企業憲章に倣い、「中小企業は社会の主役である」「経済の牽引者である」とする有名な前文から始まる憲章が制定されました。この閣議決定の下で、中小企業を優先した政策を国として採っていくことになりました。自公政権になっても、この閣議決定は有効であることが、国会質疑で答弁されています。これによって、さらに条例制定が加速していきました。

 ただ、1999年の法改正からの初期の中小企業施策は、個別の中堅規模以上のがんばる企業が中心の施策が多く、従業者数が少ない小規模企業に対する施策が薄かったため、各地方の商工会の会員が減少してしまいました。成長という側面では目立たなくとも、小規模企業は社会経済を維持する重要な役割を果たしているということを認めるべきだという声が上がり、商工会連合会の運動によって、2014年に小規模企業振興基本法が制定されました。ここでも、「各自治体は小企業の振興のために基本計画を作り、執行する責務がある」とされます。

 そして2015年、都市農業振興基本法が議員立法で制定されました。この都市とは、3大都市圏に限らず、地方都市においても自ら都市農業が大事だという認識の下に区域設定を行い、農のある町づくりや地域づくりが可能になりました。こうして、産業施策がどんどん地方分権化し、地方公共団体でできる領域が広がりました。

 このような結果、現在210自治体に中小企業振興基本条例が広がっています。とくに3.11の震災では、小規模企業が店にあったペットボトルや食品を1コインで供出したり、小規模な建設業者は重機を自主的に出して、瓦礫をどかしながら避難路や補給路を確保したりするという動きがありました。こうした小規模企業をなくしてはいけないという観点から、防災上の重要な役割が評価され、防災に関する項目を加えた条例が広がっています。

 一方で、千葉県野田市は2010年から公契約条例で、市が定める最低賃金、あるいは再生産費がなければ、市が発注する仕事に参加できないという、地域経済の振興と労働条件の改善を目的にした新しい条例が生みだされ、30自治体に広がっています。

中小企業は地域経済、地域社会の担い手であることを明確にする

 すでに旧中小企業基本法の下、ほとんどの自治体が補助金条例や融資条例、減税条例を持っています。いま広がっている条例は、基本条例、あるいは理念条例といわれるものです。自治体として基本的に何をやっていくのかを示した、「産業政策の憲法」として、首長や担当者が変わっても責任を持ってやっていくという仕組みです。

 こうしたことを定めるために、まず中小企業は地域経済、地域社会の担い手であるとの役割を明確にします。次に地域づくりを進めるために中小企業の振興は必要であるとの公益性を明確にします。そして誰が何をやるのか、中小企業と大企業の役割規定を明確にします。大企業は、中小企業の育成や支援に務めるものとする、という努力規定によって、地域経済の振興を図るというものです。

 2012年の愛知県条例以来、金融機関の役割規定も入ってきました。愛知県では、東海銀行がなくなり、メガバンクの本店が東京に移ってしまいました。愛知県内の中小企業に情報提供したり信用を供与する銀行がなくなってしまいました。地元の銀行や信用金庫は力が弱く、隣県から地方銀行がどんどん参入しました。これではまずいということで、地方自治体が金融機関を地元貢献型に誘導するための条項を盛り込みました。アメリカでは、地域再投資法として1980年代からある考え方、手法です。

 最近では、「地域内経済循環」や「農商工連携」などの明記も進んでいます。これは当然、TPPと真っ向から対立する地元優先の考え方です。さらに、福祉や教育、環境保全は産業施策と一体だという考え方も入ってきています。それは地域で全てつながっているからです。

相模原市条例を例に、TPP・FTAで懸念されることを考える

 このように、今は優れた条例への発展過程の途上にあるわけです。これがTPPに入るとどうなるのでしょうか。ここで、相模原市を例に考えて見ましょう。2014年、相模原市がんばる中小企業を応援する条例が制定されました。

 第6条では「大企業は、中小企業の振興が市内経済の発展において果たす役割の重要性を理解し、市が実施する中小企業の振興に関する施策に協力するよう努めるものとする」とあります。これは、運用次第では、TPPのローカルコンテンツ規定禁止に抵触する可能性が大です。

 第8条(3)では、「市が行う工事の発注、物品及び役務の調達等に当たっては、予算の適正な執行並びに透明かつ公正な競争及び契約の適正な履行の確保に留意しつつ、発注、調達等の対象を適切に分離し、又は分割すること等により、中小企業者の受注の機会の増大に努めること」とあり、これも、TPPの政府調達章の関連項目に抵触する可能性が大です。

 さらに、相模原市では2012年に公契約条例を制定しています。相模原市は政令市に移行したため、TPP発効後に即座に政府調達の対象機関になります。

 公契約条例の第2条では「この条例において『公契約』とは、市が契約の当事者となる工事又は製造その他についての請負の契約及び労働者派遣契約をいう」と広い範囲で設定しています。対象となる契約として、現時点においては、市が発注する予定価格1億円以上の工事請負契約、市が発注する予定価格500万円以上の業務委託に関する契約又は労働者派遣契約のうち、次に関わるものとして仕事の内容を明確にして規定しています。そして労働報酬の下限額の設定と市による立ち入り調査権を規定しています。工事請負契約、業務委託契約それぞれについて、最低賃金が決められています。これは政府調達章の内国民待遇、非差別条項との抵触可能性が出てきます。

 第3条の基本方針では、「(4)事務及び事業の性質又は目的により、価格に加え、履行能力、環境への配慮、地域社会への貢献等の要素も総合的に評価して契約の相手方となる者を決定する方式の活用を推進すること。(5)予算の適正な使用に留意しつつ、地域経済の活性化に配慮し、市内の中小企業者の受注の機会の増大を図ること」とあり、これらはローカルコンテンツ要求禁止や大企業の市場縮小の点で訴えられる可能性があります。

 労働報酬下限設定、立ち入り検査権は、自由な投資活動を阻害するとしてISDSで訴えられる可能性もあります。

地方自治体が条約に先行して条例を制定し、実質化し、政府を包囲しよう

 私たちにできる対応策としては、TPPやそれに類似するFTAを批准・発効させないことが第一です。仮に発効したとしても、政府調達項目の対象を拡大させないよう、地方自治体が条約に先行して地域経済・中小企業振興基本条例・公契約条例を制定し、実質化し、地方自治体間の連携を図り、政府を包囲していくということが必要になってきます。

 また、自治体においては、ISDSを必要以上に恐れて、条例の自粛改定をしないことです。米韓FTAでは韓国の自治体が条例を多数改定しました。大店法の規制や、ソウル市では条例を30本、ISDS提訴の恐れから事前改廃してしまいました。こうしたことをしてはなりません。

 万が一TPPやFTAが発効した場合、またそうした措置ができない場合でも、施策運用レベルで中小企業を大事にした分割発注をすることなどもできます。例えば、WTO協定の下、麻生政権の時に、デジタルテレビ普及のために「スクール・ニューディール事業」を実施しました。京都府は、3,500万円以上を一括調達したので、大手のヤマダ電機が独占受注してしまいました。ところが福岡県は学校ごとに発注したため、総額が抑えられ、地元中小企業が仕事を得ました。そのように、運用による対応も可能だという前例があります。現時点でその必要はありません。地域から日本全国の動きを変えていくということは十分可能です。

 現行憲法の下であれば、こうした地域振興のための条例の制定は何の問題もありません。各自治体がTPP反対の意志を込めて条例を制定していった時に、果たして政府はTPPやFTAで自治体の条件が悪化するような意思決定をできるでしょうか。ですから、TPP反対の動きを強めていくためにも、まずは足元から始めることが大事なのです。TPP反対という国会周囲の運動とともに、各自治体での反対議決や、中小企業振興基本条例や公契約条例などの政策を地域で実質化していくことが重要だと思います。

文中資料提供:岡田知弘

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