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2016年7月1日金曜日

「農業は守られた」と言う政府の欺瞞-第1回「TPP寺子屋」(前編)



TPPテキスト分析チームは2016年6月20日、連合会館501会議室にて連続学習会「TPP寺子屋」の第1回を開催。農産物市場アクセスと食の安全・安心について議論した。前編では、農産物の市場アクセスについての分析を報告する。

報告:岡崎衆史(農民連国際部副部長)

国会決議の「除外または再協議」はどこへ


TPPが農業と関税問題に矮小化されているという指摘は重要だが、同時に農業と食料の問題はいくら重視してもしきれない。農業は守られたのか、みなさんと考えていきたい。

まずは重要5品目の合意内容について。米は、TPPでアメリカとオーストラリアに7.8万トンの輸入枠が新設されたが、日豪EPAでは除外されていた。麦、乳製品、砂糖は日豪EPAでは再協議、つまり次の協議までは除外し、手をつけないとされた。それがTPPではすべて手をつけられた。TPPで最も被害が大きいのが牛肉と豚肉。牛肉は38.5%の関税が16年かけて9%に下げられる。内外価格差を考えれば関税ゼロに等しい。

関税は、品目の数(タリフライン)で言うと、全体で9,321品目のうち8,862品目が撤廃される。関税撤廃率は、全体で95.1%、農林水産物では82.3%、重要5品目では約29%の品目が関税撤廃される。これについて、政府は「国会決議を後ろ盾にしたギリギリの交渉をした結果、重要5品目を中心として、関税撤廃の例外、セーフガード、関税撤廃期間の長期化を確保した」としている。関税撤廃期間で言えば、ホエーが最も長い16年をかけて撤廃されるが、アメリカのトラックは30年かけて撤廃されるのだから、必ずしも長期化とは言えない。

国会決議では「米、麦、豚肉・牛肉、乳製品、甘味資源作物については、除外または再協議とすること、10年を超える段階的関税撤廃も認めないこと、聖域が確保されない場合は脱退も辞さないこと」を求めていた。再協議とは、改めて協議するまでは除外するという意味。除外とは一切手をつけない、見直しの対象にもならないという意味だ。政府の言う例外とは、関税撤廃の猶予が与えられたものに過ぎず、見直しの対象になっている。

例外と言う中には、関税を削減したものや、低関税の輸入枠を設けたものが含まれる。関税を削減したり、新たに関税割当を設けるものは、約74%あるが、この部分も含めて政府は例外と言っている。実際に、関税を削減してもいないし、輸入枠も設けていないものは、関税を守ったと言っている594品目のうち、約26%しかない。

手をつけていない品目がないことを政府も認めた


では、その26%の部分は守られたのか。政府が認めたとおり、「精米」「玄米」など、タリフラインよりも大きな枠組みで見ると、全て手を付けている。森山農相は「枠内税率も枠外税率も変更を加えていないものがあったかどうか、と問われれば、それはない」と答えている。

これはどういうことか。例えば「精米」には、国家貿易の枠内で扱うものと、国家貿易の枠外のものと、2つのタリフラインがあり、これは同じ「精米」。TPPでは、枠内で扱うものについて、アメリカとオーストラリア向けの輸入枠を設置している。枠外についてはそのままにしているから「守った」というのが政府の言い分だが、実際には同じ「精米」のなかで、国家貿易で扱うものに手をつけているということになる。

さらに例を挙げれば、現在、小豆やいんげんなどは一定の枠内は10%の低い関税で、それを超える枠外には高い関税がかかる仕組みになっている。TPPでは、枠内の関税を撤廃し、枠外を維持したから「維持できた」と言っている。結局は小豆やいんげんなどの品目でみたとき手をつけたといえる。TPPでは、重要品目を含めたすべての品目に手をつけている。国会決議で求めた除外、手をつけなかったものは存在しない。
イラスト/Super-kiki

ほとんど発動できないセーフガード


安倍首相は「セーフガードを設置したから安心だ」と言っているが、WTOで認められた特別セーフガードはTPPで認められないことになっている。TPPで新しくできるセーフガードは、発動要件が著しく難しくなっているうえ、農産品に関しては、一定期間後にすべて撤廃されることになっている。牛肉、豚肉、ホエー、オレンジなど、すべて条件がついている。

例えば牛肉では、16年目の時点で現在の輸入量の1.4倍にならないとセーフガードが発動できない。その後4年間発動されなければ自動的に撤廃される。1.4倍の輸入量がどれぐらいの量かといえば、現在の牛肉自給率42%が15%を下回らなければならないほどのもの。これは、国内生産がほぼ崩壊すれば、ようやく発動できるということを意味する。

また政府は対策をとるから大丈夫だと説明する。米では、「アメリカとオーストラリアの国別輸入枠に相当する国産米を備蓄するから大丈夫だ」と言うが、これは備蓄するだけで、必ず出てくるので国内市場に影響する。輸入米を隔離するのではなく、国産米を隔離して外国産米に明け渡すということは、外食や中食用の米と競合して価格を下げることにもなる。

牛マルキン制度は、生産者と国が13で拠出した基金から生産費の8割を補填するもの。これを9割にすると。これは元々あった制度で、これを法制化・拡充することには我々も賛成だが、実際の補填率は67.5%で、生産費を完全に補うものではない。

何とでもなるバラ色の影響試算


政府が出した2015年の新たな試算ではGDP増加額が2年前の試算の4倍に、農林水産物の生産減少額は20分の1に減った。失業してもすぐに他の職業につくことができることを前提にするなど、何とでもなる試算であり、鈴木宣弘東大教授の言葉を借りれば、「バラ色影響試算」である。最近、アメリカの国際貿易委員会(ITC)が出した対日農産物の輸出額試算は、3,960億円となっており、日本の試算による減少額を上回る。大きな食い違いがある。

政府の試算では、米については、生産量も生産額も全く変わらない前提になっている。都道府県では、独自の試算をやっているが、これらを足しても82億円の生産減少額が出る。いかに政府の試算が信用できないかを示している。

タフツ大学の試算では、雇用の減少について触れており、アメリカで45万人、日本で7.4万人、TPP全体で77万人の雇用が減少するとなっている。しかし日本の試算は雇用減少を全く勘案せず、80万人雇用が増えると算出しており、いかに根拠がないかがよくわかる。

政府は農産物を1兆円分輸出するとも言っているが、増やすのは輸入大豆を使ったしょうゆや味噌、清涼飲料水、即席麺などで、実際に農業と関係がある米や牛肉、お茶などを合計すると835億円~1,000億円であり、8.4兆円の農業産出額のわずか1%しかない。これで農業が大丈夫だというのは、非常に欺瞞的である。

日本を狙い撃ちにした見直し条項


TPP協定文で今明らかになっているものが、果たして全てなのかという疑問もある。驚いたことに、アメリカの国際貿易委員会の公式報告には、「アメリカの米業界によれば、日本の約束の一部はTPP協定文やサイドレターに記されていない。そのなかには、WTO関税割当の下で新たに設ける中粒種米の輸入枠の大部分をアメリカに保証すること、マークアップを引き下げることが含まれる」とある。日本はWTOのミニマムアクセス米77万トンのうち、6万トンは加工用の中粒種米にすると約束しているが、その8割をアメリカに約束するということが報告で書かれている。注意したいのは、「そのなかには」とあり、文書化されていない日本の約束はそれ以外にもあるということを示唆している。TPPはまだまだ分からないことがあると思った方がいいだろう。

TPPでは、見直し条項が様々な部分にあり、エンドレスに続く。TPPの協定本則には、全体の見直しを発効後3年以内に、その後は5年ごとに行うとある。全ての農産物の関税は除外されていないので、全て見直しの対象になる。さらに関税の章には、農業貿易の小委員会が設置されるとある。ここでは、日本政府が獲得したという例外について議論する可能性があることを、政府が自ら認めている。

関税について書かれている特別な見直しも存在する。これは、関税表の一般的注釈に書かれているが、「アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、チリの農産物輸出国との間で、農産物の市場アクセスを増大させるために7年後に見直しを行う」と書かれている。

政府は「協議に応じるだけで、合意しなければいい」と言うが、これは単なる見直しではなく日本を狙い撃ちにしたもの。日本だけが5か国と約束しており、文言の中に「市場アクセスを増大させるため」と書かれている。政府は「相手国にも求めるものがある」と言い訳しているが、例えばオーストラリアは4年後に全ての農産物の関税を撤廃する。ニュージーランドは7年後に全関税を撤廃する。明らかに、日本が例外としたものをなくすためのものだと判断すべき。

カナダの酪農者連盟の会長は、ニュージーランドから「カナダも再交渉の条項を盛り込むように」と要求されたが、カナダ政府はこれを拒否したと表明している。この屈辱的な見直し条項を受け入れた日本政府の責任が問われるべきだ。

アメリカは国内制度に基づいて合意内容の実質的な修正も求めてくる。アメリカは、引き続き関税の撤廃を最優先の事項にしている。2016年の貿易障壁報告書では、チーズの一部やオレンジ(12月から5月に輸入されるもの)など、日本の関税に高いものがまだあると指摘している。

形だけだった「ギリギリの交渉」


「決議を後ろ盾にギリギリの交渉をした」というのはどうなったのか。元農水省国際交渉官の作山巧明治大学准教授は、雑誌の記事で「TPP諸国は、関税撤廃率を95%にすることと、除外を認めないという基準をすでに設定していた。日本が交渉に入る前に、先行9か国で合意済みの事項は再交渉できない。交渉終結権は先行9か国だけが持つということをのまされた」と言っている。9か国とは、TPP12か国のうち、日本、カナダ、メキシコを除いた国々。交渉が難航したときには、先に9か国で合意するということをのまされたということ。

重要品目を関税撤廃の対象から除いた関税撤廃率は90.8%にしかならない。重要5品目を除くと93.5%にしかならない。ということは、日本はすでに、重要品目を最初から除外するつもりはなく、「ギリギリの交渉」というのは形だけのものだったと言える。

TPPが一旦決まれば、農業は潰されてしまう。農業の振興と食料自給率の引き上げは、国民的課題であり、世界に対する責任である。国民に十分な食料を確保するというのは、政府の責任。農水省自身が、「農産物は、生産量に占める貿易量の割合が低く、輸出国が特定の国に限られる。食料需給の逼迫や、食料価格が高騰した場合は、輸出規制により、自国内の食料安定供給を優先させる」と言っている。つまり、自分の食料がないのに、他の国に輸出することなど、どんな取り決めをしてもあり得ないこと。

世界人口90億人の時代に食料を買い続けるのか


重要品目とは何か。米は全国で生産していて、唯一自給できる穀物。麦も、北関東・北九州では水田の裏作なので、米とつながっている。北海道でも輪作の一つ。これがなくなれば生産ができなくなる。甘味資源作物は、これがないと北海道や沖縄の人々は住めなくなる。国土の保全、地域経済にとっても不可欠なもの。

人口1億人を超える国の中で日本の食料自給率は39%と突出して低く、メキシコは2番目に低いがそれでも70%ある。他の国はもっと高い。アメリカは124%。人口1億人を超える日本が、各国で食料を買いあさっている状況に目を向ける必要がある。

世界人口は2050年に96億人になると予想されている。気候変動、環境問題の影響で食料の安定供給が課題になっている。国連食糧農業機関(FAO)のレポートによれば、観測史上最大のエルニーニョ現象により、アフリカ・中米で5,000万人が食料難に陥っている。お金さえあればいくらでも食料を買えるということを前提にしてはならない。

国連の専門家からはTPPWTOの体制ではだめだという懸念の声が出ている。2014年の国際家族農業年に先だって出された国連の世界食料安全保障委員会の専門家パネルの報告では、国内市場の保護のためには、賢明な輸入規制が必要であること、多くの国際・国内機関が輸出市場を過度に重視しすぎていることに、注意しなければなない、と指摘している。家族農業の生産性の高さについても指摘されている。もう一度家族農業の大切さを認識する必要がある。

除外とは、唯一の歯止めであり、セーフガードとは暴走を止めるブレーキでもある。それも存在しないTPPは止めなければならない。TPP発効にはGDP85%を占める6か国の批准が必要。日本は18%を占めるので、アメリカか日本が乗らなければこの暴走列車は発車しない。必ずストップさせることができる。


TPPテキスト分析チームの連続学習会「TPP寺子屋」は、全6回(6/20(火)~7/26(火))開催中。ぜひご参加ください!
 

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